ある朝届いた社内メールに「来月より原則週5出社に戻します」と書いてあった。そこから何人辞めたか、数えたことがある人は少なくない。
テレワークを廃止した企業では、優秀な社員から順に辞めていく。公益財団法人日本生産性本部の調査では、テレワークを廃止・制限された場合に退職・転職を検討すると答えた割合は一般従業員で16.4%に達する。週5出社に戻した会社が直面するのは、「離職連鎖」「採用難」「残留人材の質の低下」という負のスパイラルだ。
この記事では、出社回帰を強行した会社で実際に何が起きているかを統計と事例で解説する。今の会社を辞めるべきかの判断基準も整理しているので、出社回帰の通達を受けて悩んでいるなら最後まで読んでほしい。
①テレワーク廃止で退職・転職を検討する社員は一般従業員の16.4%に達する
②出社回帰を強行した会社は優秀な人材から先に失い、採用競争力が低下する
③転職判断の3つの基準とリモート特化の転職方法を解説
タクト
テレワーク廃止で何が起きたか
出社回帰を強行した直後から、退職者が相次いだ事例は国内外で確認されている。
アメリカの人材マネジメント企業Unispace社が2023年に実施した調査では、出社義務化を導入した企業の42%で離職率が上昇したと報告されている。また、出社義務化を導入した企業の29%が採用に苦労していると回答した。
日本も例外ではない。公益財団法人日本生産性本部が実施した「テレワークに関する意識調査」によると、テレワークを廃止・制限された場合に退職・転職を検討すると答えた割合は、一般従業員で16.4%、管理職でも9.6%に達した。10人の社員がいれば、うち1〜2人が会社を離れることを検討する計算だ。
Job総研が実施した「2025年 出社に関する実態調査」でも、週3日以下の出社を希望する従業員が70.9%に達した。企業が出社日数を増やす方向に動くほど、従業員との乖離は広がっている。
実際に出社回帰を強行した企業では、具体的にどのような問題が起きているか。育休から復帰した直後に週5出社を命じられ、子どものそばにいられないという理由で3ヶ月以内に退職したケース。結婚を機に妊活を考え始め、出社義務と両立できないと判断して転職を決意したケース。
こうした事例は、Business Insider Japanの報道でも複数取り上げられている。
辞めるのはいわゆる「問題社員」ではない。育児・介護・通勤距離など、リモートワーク継続に切実な理由を持つ人材が先に動く。こうした層は、時間の使い方にシビアで、仕事への責任感が高く、自分で動ける人たちだ。
残るのは、転職市場での選択肢が限られる人材か、距離的・家庭的な事情で動きにくい人材に偏っていく。これが、出社回帰が「会社を弱体化させるメカニズム」の起点だ。
出典:公益財団法人日本生産性本部『テレワークに関する意識調査』
出典:Job総研『2025年 出社に関する実態調査』
社員が辞める3つの理由
出社回帰をきっかけに退職を選ぶ社員には、共通した理由がある。感情論ではなく、生活コストと時間の計算が合わなくなる構造的な問題だ。
理由① 通勤コストと時間の喪失
片道1時間の通勤が復活すると、1日2時間・月40時間以上が移動に消える。年間に換算すると480時間、丸20日分の時間が通勤だけで失われる計算だ。交通費は会社が負担するとしても、満員電車のストレス・疲労・体力消耗は自己負担になる。
テレワーク期間中にその2時間を副業・育児・資格勉強・運動に使っていた人にとって、出社回帰は年間480時間の喪失を意味する。
理由② ライフスタイルが崩壊する
テレワーク定着後、社員の生活設計は大きく変わっている。保育園の送迎スケジュールをリモート前提で組んだ家庭、介護と両立するために在宅勤務を選んだ社員、地方移住した社員。こうした人たちにとって出社回帰は、生活の根幹を壊す通告に等しい。
転職を決意するのではなく、生活を守るために転職せざるを得ない状況に追い込まれるケースが多い。
理由③ 優秀な人材から先に転職市場に出る
転職市場での価値が高い人材ほど、行動が早い。スキルがあれば選択肢は多く、リモート可能な求人は今も出続けている。「リモートOK・年収UP」の選択肢が目の前にある状態で、週5出社を強制されれば動く理由にしかならない。
逆に言えば、出社回帰後も会社に残り続ける層は、転職市場での選択肢が少ない人材に偏っていく。これが、出社回帰が「採用と人材レベルの両方を下げる」メカニズムだ。
退職・転職を検討している人の割合
統計データは、出社回帰が離職リスクと直結することを明確に示している。
公益財団法人日本生産性本部が実施した「テレワークに関する意識調査」では、テレワークを廃止・制限された場合に退職・転職を検討すると回答した割合は、一般従業員で16.4%、管理職でも9.6%だった。管理職層ですら1割近くが離職を検討するという数字は、企業側にとって無視できない水準だ。
Job総研「2025年 出社に関する実態調査」では、週3日以下の出社を希望する従業員が70.9%に達した。週5出社を希望する従業員は全体の5.7%にとどまっており、企業の出社方針と従業員の希望には大きな乖離がある。
海外でも同様の動きは確認されている。Amazonは2025年1月、全従業員に対して週5日のオフィス勤務を義務付けた。この発表後、社内では反発が相次ぎ、一部の従業員が他社への転職を検討・実行したことが複数メディアで報じられた。
Googleも「週3日以上の出社」を徹底するハイブリッドワーク方針に移行しており、完全リモートの縮小が続いている。
日本国内でもLINEヤフーが2025年4月よりフルリモート勤務を廃止し、部門ごとに週1回または月1回の出社を義務化した。GMOインターネットグループも同様にハイブリッドワークへの移行を進めており、コロナ禍で定着したリモートワーク文化は大手企業から順に縮小されつつある。
こうした流れの中で注目すべきは、退職を検討するのが「仕事をサボりたい人」ではないという点だ。育児・介護・副業・健康管理など、時間の使い方に強い目的意識を持つ人材が、出社回帰をきっかけに次の職場を探し始める。数字が示すのは「出社回帰イコール優秀層の流出リスク」という構造だ。
出典:公益財団法人日本生産性本部『テレワークに関する意識調査』
出典:Job総研『2025年 出社に関する実態調査』
出社回帰に失敗した会社の特徴
出社回帰を進めた企業の中でも、離職が相次いだ会社と大きな問題が起きなかった会社には、明確な違いがある。失敗した会社には共通したパターンがある。
特徴① 理由を説明しない
「コミュニケーション促進のため」「一体感の醸成のため」という説明は、社員に何も伝わらない。社員が知りたいのは「なぜ今、週5出社が必要なのか」という具体的な業務上の理由だ。説明のない出社義務化は、社員に「監視したいだけ」という印象を与える。
実際、出社回帰を命じた企業の社員からは「数字が下がっているわけでもないのに、なぜ戻すのか理解できない」という声が繰り返し報告されている。
特徴② 代替措置を用意しない
育児中の社員・介護中の社員・遠距離通勤の社員に対して、例外規定や段階的な移行措置を用意しないまま一律に週5出社を命じると、離職リスクが集中する。出社回帰に成功している企業は、出社の目的・例外対応・見直し前提の運用をセットで提示している。
特徴③ 信頼の毀損に気づかない
テレワーク前提で転職してきた社員にとって、入社後の条件変更は信頼の毀損に直結する。「求人票にリモートOKと書いてあったから選んだ」という経緯がある場合、出社回帰の通達は雇用契約に近い合意を一方的に変える行為に映る。
そこで不満を抱えた社員がSNSに発信することで、採用ブランドにもダメージが及ぶ。出社義務化の反発は社内にとどまらず、採用市場にも波及する。
テレワーク廃止は拒否できるのか
出社回帰の通達を受けたとき、社員側に拒否する手段はあるのか。法的な観点から整理する。
就業場所は労働条件の一つであり、就業規則や雇用契約書に「テレワーク可」と明記されている場合、会社側が一方的に変更することは容易ではない。
労働契約法第9条では、就業規則の不利益変更には合理的な理由と周知が必要とされており、テレワーク廃止が「合理的な変更」と認められるかどうかは状況によって異なる。
ただし、テレワークが「恩恵的措置」として就業規則に規定されている場合、会社側が裁量で変更できる余地が残る。テレワーク廃止が違法かどうかの判断は、就業規則の記載内容・雇用契約書の内容・会社の変更手続きが適正かどうかによって変わる。
実務的な対応として、まず就業規則と雇用契約書の記載内容を確認することが出発点になる。テレワークが明示的に保障されている場合は、労働組合への相談・労働基準監督署への相談・弁護士への相談が選択肢になる。一方、就業規則に「テレワークは会社の裁量で実施する」と書かれている場合、法的な拒否は難しい。
現実的には、法的な争いに発展させるよりも転職で解決する方が早い場合が多い。特に30代以下で職歴があれば、リモートワーク可能な求人は今も一定数存在する。自分の権利を確認しつつ、並行して転職先を探すことが実態的に有効な対応だ。
今の会社を辞めるべきか3つの判断基準
出社回帰の通達を受けて「辞めるべきか」を考えたとき、感情だけで動くと後悔しやすい。以下の3つの基準で冷静に判断してほしい。
基準① 求人票・入社時の条件と変わっていないか
テレワーク可能という条件で転職・就職した場合、出社回帰は入社時の合意と異なる条件変更にあたる。「説明されていた条件と違う」という事実があるなら、転職を検討する正当な理由になる。感情論ではなく、条件の不一致として判断できる。
基準② 出社に合理的な理由があるか
出社を求める理由が「監視したい」「なんとなく昔に戻したい」レベルの場合、今後も同様の意思決定が繰り返される可能性が高い。出社回帰の判断が経営の質を反映していることが多い。一方、「特定のプロジェクトで対面が必要」「新入社員のオンボーディング期間のみ」など具体的な理由がある場合は、一時的な措置として受け入れられる余地もある。
基準③ 転職市場で自分の価値が通用するか
転職を考えるなら、まず市場価値を確認することが先決だ。スカウトを受け取るだけでも、自分の現在地が把握できる。動くかどうかは後から決めればよく、情報を集めること自体はリスクゼロだ。
タクト
離職を防いだ会社がやっていること
出社回帰を進めながらも、大きな離職が起きなかった企業には共通点がある。参考として整理しておく。
出社の目的を明示した。「対面でのブレインストーミングに特化した日を設ける」「新人のオンボーディング期間は週3出社、その後はハイブリッドに移行」など、出社する理由と出社しない理由を社員が納得できる形で説明している。「出社日数」ではなく「出社の価値」で語っている点が共通している。
例外規定を整備した。育児・介護・遠距離通勤など、週5出社が困難な事情を抱える社員に対して、個別の対応枠を設けている。一律ルールで押しつけず、生活の多様性に対応できる柔軟性が、社員の信頼を維持する。
見直し前提で運用した。「まずは週3出社で試行し、半年後に見直す」という形で、固定化せずに実験として始めた企業は反発が少ない傾向にある。社員は「今後も変わらない」という絶望感よりも「話し合いの余地がある」という感覚があれば、一時的な不満は留まりやすい。
ただし、こうした丁寧な対応ができる会社はごく一部だ。理由も例外もなく一方的に「来月から週5」と通達する会社では、上記のような対応は期待できない。その場合は、自分の判断で動く以外に選択肢はない。
まとめ
テレワークを廃止した会社では、優秀な人材から先に辞めていく。日本生産性本部の調査では、テレワーク廃止・制限で退職・転職を検討する割合は一般従業員の16.4%に達する。10人の組織なら1〜2人が離職を検討する計算であり、動くのはスキルと行動力がある層だ。
出社回帰に失敗する会社の特徴は明確だ。理由を説明しない、代替措置を用意しない、入社時の条件と異なる変更を一方的に通達する。こうした会社では、出社回帰後も経営判断の質は変わらない。
今の会社を辞めるべきかどうかは、「求人票と条件が変わっていないか」「出社に合理的な理由があるか」「転職市場での選択肢があるか」の3点で判断してほしい。感情で動く前に、まず情報を集めることから始めれば十分だ。
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